2021年の夏の終わり、街の片隅にある弁当を売っている店での出来事だ。
君が何故その弁当店を選んだかという事実について
僕は興味がないし、何かを言う権利もない。
弁当店からいそいそと出てきた君は、
「公園で食べるかい?」蒸し焼けたアスファルトの上を歩きながらそう言った。「ベンチのある公園で」
僕は歩きながら、口に出す言葉を探していた。彼と話すと言葉が出てこなくなることが多かった。
まるで初めて野菜を切る男の様に、「うん、これは一つの参考意見として聞いてほしいんだけど、
お腹がすいているから、座って食べたいと思っているんだ」「座って食べたい」
彼は、やれやれといった態度を見せた。確かにそうだと思う。僕だってこんな事を言われたら困ってしまうだろう。
「それはつまり、公園でいいという事かな?」
「ああ」僕は頷いた。「それであってる」
僕たちが座った公園の草はよく刈り込まれていた、まるで月に2回は床屋に通う紳士の髪の毛の様に。
彼は、しろくぼやけた袋から弁当を取り出すと、おもむろに僕に渡した。
僕がみたとき、それはのり弁だった。正確にはのり弁に見えた。
それは、のり弁ではなかったという人だっている。
とにかく、僕にはのり弁に見えた。
のり弁について語りつくすことは僕にはできないし、あるいは世界中の誰もがそんなことはできないかもしれない。
彼は、ほどよく揚げられたちくわを食べながら「おいしいな、練り物は好きじゃないんだけど」と満足気に言った。
よくわからなかった。けれど、何も言わないのも悪いので「なるほど」とだけ言った。
それで終わりだ、この話に続きはないし、それ以上でも以下でもない。
ある時期に、僕たちの前にはのり弁があった。それだけだ。
今でも誰かの前にのり弁があるのかもしれない。
ひょっとしたら、あなたの前に。
では、また。